「採用活動から見つけた企業の価値観」
―DYNAに参加する前、採用活動ではどのような取り組みをされていましたか?
職人の採用では、就職情報サイトにて中途採用の短期掲載(2週間~4週間)を繰り返していました。また、営業職員の採用でも同媒体を使っていましたが、どれも反響が乏しかったです。
―反響がなかった理由は何だとお考えですか?
屋根工事という特殊な業種のためか、そもそも求人掲載の文章自体に魅力がないのか、建設業界全体が若者に受け入れられにくい業種だという認識もあり、どのように発信すれば求職者の目に留まるのか分からない状況でした。
10年ほど前から毎年高校生向けの求人を出していましたが、応募は減り続け、ここ数年は応募ゼロが続いていました。そのため、採用活動自体が形だけのものになりがちでした。
このような状況で松澤さんが出会ったのが、名古屋市が主催するセミナーで紹介されたDYNAでした。
―DYNAに参加するきっかけを教えてください。
名古屋市の方が採用ブランディングに関する取り組みを紹介してくれました。私はその瞬間、これだと思いました。それまで漠然と採用活動において『自分たちがやりたいこと』が何か分からなかったのですが、ブランディングという形で方向性が明確になった気がしました。
―その言葉が大きな転機だったのですね。もともと採用ブランディングという考え方を意識されていましたか?
いえ、採用ブランディングという言葉を聞いたのはそのときが初めてでした。ただ、それを聞いたときに『これが私たちの目指す方向なんだ』と直感的に理解できたんです。それまでは求人票を出すことに追われるばかりで、根本的にどんな人材が必要か、それをどう伝えるべきかを深く考えられていませんでした。
採用における課題解決の糸口を見つけるまでの背景には、長年の試行錯誤がありました。

取り組んだ施策①「全社員参加型ワークショップを通じて見えたもの」
―DYNAでは1年間の中で具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか?
まずは伴走ディレクターと一緒に、「マツザワ瓦店とは、私達とは何者なのか」についての深掘りを時間をかけてやっていきました。
中でも一番ためになったのは、全社員参加型のワークショップでした。伴走ディレクターが用意した「仕事をしていて楽しいとき」、「顧客から言われて嬉しかったこと」、「自社の強み」という3つのテーマについて社員みんなで付箋に書き出しました。
全員が書いたものを広げてみたら、私たちが大事にしている「安心・安全」という価値観に行きつきました。他の人から見たら当たり前のことであっても、「やっぱり私たちってここだよね」と改めて確認して共有できたことが意義深かったです。
会社では皆の思いが同じ方向に向くことが必要ですが、「話し合いましょう」と言ったところで実現しません。メンバーに対して、「どんなふうに考えているの?」なんて聞く機会がないので、ワークショップを通してお互いを理解し合えたと思いました。私たちの強み、私たちの存在する意味が分かったのです。
―会社として大切にしている価値観を再確認し、社員と共有することで、採用活動にも何か影響がありましたか?
社員同士、働く上での価値観や 「私たちとは何か?」を共有できたことで、こういう価値観に共感できる人が、私たちが必要とする人材……、一緒に働いていきたいメンバーなのだと気づきました。
今までは、とにかく募集すること、応募してもらうことが目的になっていました。
そうではなくて、私たちが必要とする人がどういう人なのかを、DYNAへの参加を通して理解したことが大きかったと思います。
ただ漠然と「誰でもいいから来て」ではなくて、「私たちはこういう思いでこの仕事をしているから、こういう考えに共感できる人や、こういう活動をしてみたい人こそ、一緒にしませんか」というより明確なメッセージを出すことができるようになりました。
ワークショップで全社員一人ひとりが自分の言葉で会社の価値観について語ることで、家の安心・安全を全力で守る職人集団であるという会社のアイデンティティに改めて気づき、共有することになりました。
取り組んだ施策② 「ショールームのもう一つの可能性に気づく」
―全社員参加のワークショップの他に、DYNAではどのような取り組みをされましたか?
2023年にオープンさせた新しいショールーム『ヤネフル』を活かして、一般のお客さん向けのイベントを開催しました。地域の方たちに「私たちはここでこういう活動をしています」ということを発信してはどうかと、伴走ディレクターが提案してくださいました。
「ヤネフルに行けばこういった仕事ができる職人さんがいる」と近所の人に広まれば、ものづくりが好きな子や、建設に興味のある子がいたときに、「ヤネフルに行ってみたらそういう仕事をしている人に会えるよ」と誰かが教えてくれて、近い将来、働きたいと来る子が一人でも出てくるかもしれないと。
採用をそういう側面で考えたことはありませんでした。店舗は私たちが仕事をする場所であると同時に、その仕事に興味をもってもらう場にできるというのは、全くない発想でした。
―採用活動としては結果が出るまでに少し時間のかかる取り組みかと思います。その点についてはどう考えたのでしょうか?
DYNAに参加したことで、事業上の課題を乗り越えるために私たちが近年やってきたことと、採用の面でやらなければいけないことが実は一緒だったことに気づきました。
この先人口減少によって、ハウスメーカーですら新築の着工数が減る中で、新築の屋根工事だけではなく、リフォームにシフトチェンジしていくことが大きな課題です。専門工事業者で店舗を持っているところはほとんどありません。そのような中で、店舗を持つ屋根屋さんの先行事例があり、そこに勉強をさせていただき、私たちもヤネフルを作りました。
屋根は無くなることはないのですが、町の工務店、大工さんは今軒並み廃業していっています。かといって、住宅に関する困りごとがあったときに、一般の人が大手のハウスメーカーに「どうしたらいいでしょうか?」と聞くことは考えにくいですよね。
どこに相談したらいいか分からないというお客さんもいる中で、ちょっとした住宅の困りごとを解決できるお店にしたいという思いに固まっていきました。
地域の方にとって困りごとを相談できる存在になることができれば、私たちがこれから生き残っていく道もあるのではないかと希望をもったのです。
ヤネフルはお客さんを対象としつつも、採用的な観点から見ると、近所の方に職人の仕事に興味持ってもらい、いずれ働きたいと思えることにつながる…。そのような活動も併せて行っていくことが大事なのだという結論に至りました。


―事業として活動を地域に開いていくことと、地域の方に仕事を知ってもらうことが新規のお客さんだけでなく担い手の発掘にもつながっていったのですね。イベントでは、どんなことをしたのでしょうか?
そもそも瓦や屋根がどうやってできているのかを知ってもらう取り組みをしました。
伴走ディレクターに「瓦、瓦っていうけれど、瓦をのせている屋根がそもそもどうやってできているのかを説明しないと、瓦に辿りつかない」と言われました。また、DYNAの事業者が集まる成果報告会でも他の参加事業者の方の「屋根ってどうやってできているのか全然知らない」という声を聞きました。
昔は展示会に出たりする中で、瓦の下の屋根の構造を説明する資料を作っていたときもあったのですが、正直「また昔みたいなことするの?」と、今更という感じがあったんです。
しかしながら、伴走ディレクターから「松澤さんにとっては20年前の出来事かもしれないけれど、今のお客さんにとって初めてのことだから、それはちゃんと説明した方がいいですよ」と言ってもらって、「そうか」と思いました。
使う素材や工法は時代とともに変わる。一方で、その手前にある屋根の構造の役割、資材の持つ特性などは変わらない。私たちにとっては当たり前のことでも、はじめてのお客さんにとっては初めてのことだから、毎年新しいお客さんと出会うたびに変わらない部分も言い続けないといけないことが分かりました。
マツザワ瓦店では、地域の困りごとの解決に寄与するショールームに対し、新しい世代に職人の仕事を伝える場としての可能性も開いていくことになりました。
採用活動における工夫と成果「パート2名の採用に成功。何が成果につながったのか」
―DYNAを経て、採用活動においてどのような工夫をしましたか?
マツザワ瓦店がどういう会社かをはっきりさせ、採用ブランディングを丁寧に考えてから広告を出すようにアドバイスを受けました。求人票に書く文章もDYNAで表現を勉強して、書き換えました。
―工夫によって、採用結果に変化はありましたか? 何が成果につながったと思いますか?
パートさんを2人採用できました。私自身も面接のときに、「私たちがなぜ、どのような仕事を募集しているのか」を熱く語ることができました。そうしたら、応募者の方にも共感してもらうことができて、採用につながったのだと思います。
私はこの会社で実質ひとりで採用活動を行っているため、社内に共感してくれる人や相談できる人がいませんでした。募集要項を作るにしても、「これってこういう書き方でいいのかな」とか、話せる相手がいなかったんです。それをDYNAの中で伴走ディレクターに相談できて、とても心強かったです。
定期的に集まって他の参加事業者の皆さんと、「最近どうですか、採用」「うまくいっているんだよね」「なかなかうまくいかないよね」などお話できることも大きかったのです。
アドバイザーの厳しさにも、「あ、もっと考え抜かないとだめだよな、ただやっているだけではだめなんだな」と本気にさせられました。隣で一緒に聞いていた人と「私たちやっぱり、変わらなきゃですね」と確かめ合ったりして。皆さん業界も業種もそれぞれ異なるけれど、味方のような、同志のような感じでした。
中小企業では採用活動だけを専門に動ける人はなかなかいないと思います。日々の業務もあるし、今日明日でどうこうなるわけではない分、採用には時間も労力も割けないと言い訳してしまっていた部分もありました。それが、アドバイザーの話を聞いたら、そうは言っていられないなと思うことができました。
担当者が、自分がどれだけ本気になれるかが大事であることに気づきましたし、そのための道筋も一緒に考えてもらえたと感じています。
DYNAを通じて、マツザワ瓦店は採用活動を単なる求人から、共感を呼ぶ採用へと進化させました。会社の理念を明確に伝えることで、応募者の共感を得ることに成功しました。さらに、他事業者との交流を通じて、採用活動の継続的な改善と新たな視点を得ることができました。
今後の展望 「採用活動の転換点。中小企業の強みとは」
―DYNAの活動を終えて、今後どのようなことを行っていきたいですか。
採用は、私たちの屋根の仕事のように、工事をして出来上がったから終わりというものではありません。これをやったから絶対人が採用できるというものがある類のものでもありません。
なので、やり続けなければいけないことがよく分かりました。アドバイザーが仰っていた「採用活動は今、転換期にある」という言葉の通り、アンテナを立てて積極的に情報をとっていかないと、10年前と同じやり方では当然ダメなんだと思いました。
しかし同時に、アンテナを張って変化を知ることができたら、それに機敏に反応できるのが中小企業の強みなのだと思います。この文章でダメだったからすぐ変えようとか、面白い取り組みがあったらもっとどんどん参加しよう、と誰の決裁もなく「まずやる」ことができます。ここを逆に強みとしていける、と前向きな気持ちでいます。
会社の皆の今もっているスキルをパワーアップして、新しい人に今の仕事を引き継いでいけば、今いるメンバーがさらにいい仕事ができる。会社として総合的に力がついていく。そんな好循環を生み出すことができると思います。採用担当の私はそれを考えてやり続けていかなければいけないのかなと思います。


―DYNAを通じて得た学びや気づきはありましたか。
今回DYNAに参加したことで、社外の人と交流することの重要性に気づきました。社内のメンバーで考えることには限界があるから、いろいろな人と交流して、他の人の目線で私たちを見てもらうことにとても意味があると思います。普段の仕事の中でお互い意見を交わしても身内の人の言葉は耳に入らない。でも、社外の人、違う業界業種の人からの意見には素直に耳を貸すことができる。
DYNAをきっかけにいろいろな人とのご縁が広がり、手厚く支援してもらえて、名古屋市さんの取り組みが素晴らしかったです。
私たちが採用活動を通して企業価値を上げていくことが、名古屋市への恩返しになるのではないかと思います。会社の皆が自分の力を発揮して活躍できるように、採用活動を考え続けたいと思います。
ゴールのない継続的な取り組みに対し、社外からの視点も積極的に取り入れながら、中小企業ならではの柔軟性を強みとして迅速に変化に対応していくマツザワ瓦店のこれからが楽しみです。