―DYNAに応募しようと思われたきっかけを教えてください。
2020年に後継者として入社して、2021年ごろから採用イベント等に出るようになりました。そこで自社の魅力や強みの説明が、どうもうまくできないという葛藤がありました。事業としてこんなことをやっている会社ですよというのは伝えられても、会社を長期的に見たときにどんな会社でありたいか、というのが全然伝わらなかったんです。
理由を突き詰めてみると、企業の核となるような理念やコンセプトが固まっていなかったんです。自社の何を売るのかということを固めないと前に進めない、という課題感がありました。
そこで、全社員にアンケートを行ったり、自分なりにチャレンジをしていたんですが、アイデアはあっても社内をうまく巻き込むことができなかったり、リソースや時間の制約もあったりでなかなか前に進みませんでした。そんな折DYNAに出会い、コンセプトを見たときに「これだ!」と思って応募しました。
―採用ブランディングという手法は以前からご存じだったのですか。
本もいくつか読んだことがありましたし「採用ブランディング」という言葉自体は知っていました。でも、ネットでも本でも「採用ブランディング」っていろんな定義があるんです。ですから、自社がブランディングをどう定義するかがこの事業の肝だと考え、当社はDYNAというプロジェクトの中で「理念の再構築」と「接点の場づくり」というのを最初にしっかりと定めて始めました。キックオフセミナーの時点で「理念の再構築」はやろうと決めていましたが、プラスアルファで何をやるかは伴走ディレクターと話をしながら決めました。
―理念の再構築としてMVVF(Mission・Vision・Values・Foundation)の策定とシンボル策定に取り組まれました。相当な回数の壁打ちをされていますが、一番難しかった部分や苦しかったことはどんなことでしたか。
一番難しかったのは既存の価値観と新しい価値観の融合です。創業から60年以上経つ当社には作り上げられてきたカルチャーや理念らしきものはすでにあったんですよね。そこで、私がここでゼロから新しいコンセプトでいきましょう!としても絶対にうまくはいかない。だからといって会社にあるものだけでやってきた結果が現状なので、何か新しいものを入れなければこの先もうまくいかない可能性が高い。
理念を再構築するために、社内アンケートでどんな言葉を大事にしているかを聞いたり、社員に考えていることを直接聞いてみたりしながら、無数にある「理念らしきもの」の中から企業文化として定着しているものをスクリーニングしていきました。
“会社の経営方針を読み込んでみた。
社訓社是社風などいろいろな言葉が溢れすぎていて全く頭に入ってこなかった。
理念の交通渋滞だ。
色々な言葉があるが Mission に相当するものがないことは間違いない。
大方針としては Mission はゼロからつくる。
Vision と Value はある言葉をあてはめる。でも解釈は変える。
既存の社訓や社是をなぎ倒し、ゼロから作り上げることは「ひと時の爽快感」以外なにものでもない。結局そんなことをしてもほとんどの社員が一緒に歩けないのだ。
だから言葉は残した。
あとは既存の言葉をどう解釈するか、
Mission をどうするか、
そしてMissionとVision Values Foundation のイメージの乖離をどうブリッジするか。”
~当時の正田さんの手記より~
価値観を融合させるには共通テーマのようなものが絶対必要だなというのは感じていて、最終的にはMissionは新しく作り、それ以外のVision ・Values ・Foundationにはもともとあった言葉を使いました。
―当時の手記を読ませていただいたのですが、大変な試行錯誤、生みの苦しみがあったことが伝わってきました。ブレイクスルーのきっかけになった共通テーマとは何だったのでしょうか。
「光」という漢字です。会社の名前にも入っていますし、私の名前にも入っているので避けては通れないものだったんですけど、建設業と「光」が結びつかず、「光っぽい」エピソードを聞こうと思っても全然出てこなかったんです。
でも、あるとき「光」という漢字は、「火」と「人」からできているという話を知り、それまで考えていた点と点がつながったように感じました。火って、熱い火ほど青くなるんですよ。青という静かなイメージがありながらも熱い火っていうのは、寡黙に情熱をもって仕事をやりきる当社の社員にぴったり合うじゃないか!ということで、これはありだなと思ったんです。しかも建設業なので「人」は切っても切り離せないものです。このコンセプトが出てから一気に進みましたね。
―それは運命的なエピソードですね!では、その次に取り組まれた接点の場づくりについて、そもそもどうして接点の場づくりが必要だと考えたのでしょうか。
建設業界の採用状況は今どうなっているかというと、学生は大学で待っていれば採用が決まってしまうというような超・売り手市場です。いわゆる合同説明会のような場所に学生は出てこなくて、土木工学科の学生を採用できるのは大手の企業や、もともと大学とのパイプがある企業だけで、当社のような中小企業は土木工学科の学生に会うことすらできないという現状があります。そこで、自分たちで学生と接点を持つことができるイベントを企画して、そこを採用活動の起点にできないかと考えました。
―実際にイベントを企画・開催されてどんな気づきがありましたか。
元々は学生との接点を意識して企画しましたが、実際やってみると出来上がる接点は学生に対してだけではなかったというのが一番大きな学びでした。
これまで大学の先生に対して「良い学生さんいないですか」と聞くアプローチしかできていなかったのが「課題解決型のイベントをやります」というと、おもしろがってくれる先生がたくさんいらっしゃいましたね。ある大学の先生に「イベントをやるので学生さんを参加させてください」とお願いしたら、「企画がすごくおもしろいので協力します」と言ってくださって。それだけではなくて、知り合いの他の大学の先生も紹介するよということで何名か紹介していただけたんです。
さらに伴走ディレクターの協力もあってイベントをやるための会場もある大学の設備を借りることになり、その大学の運営側の方との接点を持つこともできました。
当社のような厳しい現状にあっても、採用環境が企業にとって良くないから無理だという諦めではなく、採用環境は悪いけど「新しい価値の創出ができるようにいろんなことをやってみますよ」っていうようなスタンスで臨むと、それを応援してくれる方々がたくさんいることを実感しました。
―学生と接点を持つため、従来の形ではないほかの道を切り開くことができたというのはすごく大きな成果ですよね。
学生に限らず、人脈を広げるという意味でもイベントは参加するより企画するほうがおもしろかったですね。
あとはもう1つ、社員の成長や気づきのきっかけになるというのも大きな意義だと思います。イベントには、新入社員が何名か参加していたのですが、普段とは異なるメンバーと課題に向き合い、チームを引っ張る役割を与えられることで刺激を受けていました。「自分の活かし方」のヒントもそのイベントの中で見つけていたので、社員の育成という意味でも、自社がイベントをやるっていうのはすごく意義がありましたね。
―その後、このイベント開催の経験はどのように採用活動に活かされていますか。
接点の場づくりで行ったイベントは「アイデアソン」というみんなでアイデアを出し合うものだったんですけど、そのコンセプトを当社で行っているインターンシップにそのまま当てはめてこれまでのインターンシップの内容をアップデートしました。従来は現場見学みたいなところに終始してしまっていたのを、現場見学に加えて学生に課題を与え、当社の若手社員と一緒にブレストして解いたり、アイデアソン形式で今までとは違うほかのやり方を考える内容に変えたんです。
―内容をアップデートしてみて、インターン生からの反応はいかがですか。
以前に比べて明らかに満足度が上がったという実感があります。インターンシップが終わった後に手紙をもらったり、学生から年末年始にメールが来たりしましたね。元インターン生で、結局ほかの会社に就職した方からも「インターンシップで教えてもらったことがこんなふうに活きています」といった連絡が来たりするようになりました。今はまだ直接的に当社の利益になっていないかもしれませんが、こうした実績を積めていけば採用強化につながっていくと感じています。
―プログラムを完走後、今はどのようなことに取り組まれているんでしょうか。
人材採用をどう強化していくところがそもそものDYNAへの参加目的でした。マーケティング的に言うと、whatの部分とhowの部分の基盤を作ったっていうのが私の中でのDYNAの位置づけで、現在はその基盤強化に取り組んでいます。
具体的には、再構築した理念とシンボルを用いてホームページの全面改修を行いました。改修では、理念の再構築のときのお話であるとか、シンボルを作ったときのエピソードを話しながらホームページ制作会社さんと一緒に作っていきました。ホームページの中で使われている「光」っていう漢字は、書道家の方に依頼してわざわざ書いてもらったんです。新たに作ったシンボルの「光」に込めた想いが伝わるように、綺麗さの中に、泥臭さと力強さが共存しているような字になりました。
それからインナーブランディングとして社内報の導入ですね。当社は建設会社で現場を主体としているので、一つの場所に社員が集まるという機会がそもそもすごく少なくて、社員間のコミュニケーションがどうしても希薄になりがちです。このハードルを超えられないと新しい風は起こすための一体感の醸成はできないと思っています。この社内報も、また別の名古屋市さんのプロジェクトで副業人材と兼業人材を活用し、カメラマンの方や、大企業の広報部の方に入っていただきながら、形を作っているところです。
さらに、インナー兼アウターのブランディングとしてSNSの立ち上げを行い、ちょうど1月上旬に当社のInstagramがオープンしました。Instagramも、コンセプト作りを数ヶ月かけて行いました。今後はそのコンセプトに沿った投稿を行っていきます。
―正田さんのお話から、DYNAで蒔いた種が次々と芽吹いているような印象を受けます。プロジェクトに参加されるにあたって、意識されていたことはありますか。
こういった官民系のプロジェクトや伴走支援って期間限定じゃないですか。その期間限定でやったことを点で終わらせないことが大事かなと思っています。支援していただいたものをしっかり次につなげていくこと、期間中に火を起こして、その火を灯し続けることが大事だと考えて、このDYNAで作り上げたシンボルやコンセプトをもとに今もいろいろな施策を進めています。その後の設計までを支援期間中にちゃんと考えながらやる。そういう意識で事業者側が参加するということが大事かなと思っています。
伴走支援って、事業者側が待ちの姿勢でも支援者の方々は何かしらやってくださると思うんですけど、それではやっぱり効果は薄くて。自分でしっかり考えてアイデアを出して、でも具現化する術がないから手伝ってくださいっていうスタンスじゃないと、うまくいかないかなと思います。
―DYNAへの参加は会社にどんな形で波及しましたか。
私は立場上アトツギなので社歴も浅く、アウトサイダーなんです。だから単独でやっていると、何をやっても「外から入ってきたやつが色々やってるなあ」という風にどうしても見えてしまいがちなんですが、今回であれば、名古屋市さんやミテモさんなど公的機関の事業の中で専門家の方々と一緒にやっているんだということで、社内に対する説得力が上がりました。
それに「何かが起こりそうな雰囲気」っていうのは結構大事で。伴走ディレクターの方にも相当な回数お越しいただいているので、社員から見ても「何かが起こりそう」な雰囲気が醸し出されるわけです。何か新しいことが始まる、という雰囲気の醸成にはまさに効果があったかなと思っています。
実際に、今年の新年の挨拶の時には幹部社員の1人から「一人一人が今、起ころうとしている“火”をしっかり灯していきましょう」というような、再構築したシンボルにちなんだ発言が自然に出てきました。また、若手社員も有志で集まってボードゲームをしたり食事をしに行ったりと、まだ一部ではありますが、サークル活動のようなこれまでにない新しい動きが生まれてきています。これも、やはりコンセプトを整理したところから始まっているのかなと思います。DYNAでコンセプトを作っていた時のような、あの時から起こし始めた新しい風が今につながっていると感じますね。
―正田さんご自身と社員さんとの関係性には変化がありましたか。
ありましたね。気軽に飲み会とかも誘ってくれますし、入社したばかりの時と今とは、社員との関係性は全然違うと思います。アトツギと既存社員って、普通にしていたらうまくフィットするわけがないんですよね。今回、理念の再構築にあたって社員よりも私の方が知っているぐらい会社の歴史は調べたので、そういうところが相手に伝わるかどうか。これがカルチャーフィットではすごく大事で、なにより、私自身もやり切ったことで自信になりましたね。
―プロジェクトの後、社内の皆さんの中にも少しずつ変化が起こってきているんですね。それでは最後になりますが、これからどんな人たちと、どんな未来を作っていきたいですか。
今、建設業は大転換期にあります。これから、さらに大きな変化がいろいろと起こっていくと思うんです。そんな中で既存の価値観だけにとらわれていては絶対にうまくいきません。変化を一緒に起こしていける人材、チャレンジしてみたいという人を常に求めています。
また、これだけ人口が減っていく中でどれだけ未来を描くための要素を作れるかが我々に求められています。
MissionをMake it BetterではなくMake Things Betterとしたのには2つの意図があって、1つはいい現場を作ることで良いインフラができる。良いインフラを作ることは良い暮らしができる、それは良い未来につながっていく。そんな、普段光が当たりづらい現場を良くすることの未来への波及効果を“Things”という単語で表しました。
もう1つ、“Things”には建設業にとどまらずいろいろなことにチャレンジしていきたいという意味を込めました。そのいろいろなこと―“Things”の中身の一つとして、今最も力を入れている「科学と現場の融合」があります。現場の世界で、これまで経験で語られていたものに対して科学を持ち込むということに、多様なメンバーとオープンイノベーションという形で取り組んでいるところです。
これからの世代に対していい未来を作るということにつながるような活動を、これからたくさんやっていきたいなと思っています。